■ 所属 岡藤ホールディングス
※ 2004年から岡藤グループの所属となっています。
■ 生年月日 1957年8月14日
■ 出身地 東京都杉並区
■ 身長 173.5cm
■ 体重 79kg
■ 血液型 O型
■ 趣味 釣り、スキューバダイビング
■ 資格 1991年  NAUI MASTER SCUBA DIVER
      1992年  小型船舶一級免許
      2006年  世界遺産学検定(ブロンズ)
■ 最終学歴 1980年卒 日本大学経済学部 産業経営学科
■ ゴルフ歴 7歳からゴルフを始める
■ 優勝回数  レギュラーツアー7勝 シニアツアー1勝









《湯原信光プロとは》
日本を代表するショットメーカーで、特にアイアンショットの切れ味は、右に出るものはないと言われており、グリーンへのパーオン率は、2000年と翌2001年の2年連続で1位となりました。
アマ時代には27勝を上げ、1979年には『日本アマ』を制しました。翌1980年にプロ入りすると、2年目の81年に2勝して、ランキング5位となりました。 83年は『フジサンケイ』で3勝目をあげて「どこまで勝ち星を伸ばすか」と注目されましたが、1988年には肝炎で生命の危機にさらされ、1993年にはスキーで右ひざを痛め、96年ツアー開幕前には右ひじ痛が発生、1999年序盤は椎間板ヘルニアで7月まで戦列を離れ、特別保障制度の適用を受けるなど、ケガや疾患に悩まされ通しでした。それでも20年間にわたりシード権を守り続けました。
1980〜1990年代、AON(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)に対抗する次世代の倉本昌弘、羽川豊と共に「ニューウェーブ三羽ガラス」と呼ばれました(大学ゴルフ部出身の実力あるプロがまだ少ない頃だったため「学士三羽ガラス」とも言われました)。
2000年には日本ツアープレーヤーズクラブ(選手会)の会長に就任し、自分のプレーのみならず選手会運営にも心血を注ぎました。 2002年には10年振りのツアー7勝目を飾りました。
2007年にシニアツアーに活躍の場を移し、2010年の「皇潤クラシック」でシニアツアー初勝利を収めました。シニア参戦時から米シニアツアーにも挑戦しており、2011年には全米シニアオープンの地区予選を突破して晴れの舞台に出場しました。
湯原プロによれば「ゴルフはゲーム。ボールをどう操れるか、難題をどう解くか。解けた達成感は子どものゲームと一緒」だそうです。

【優勝歴】
《レギュラーツアー》
1981年 関東オープンゴルフ選手権競技
1981年 ジーン・サラゼン ジュンクラシック
1983年 フジサンケイクラシック
1990年 ポカリスエットオープン
1992年 札幌とうきゅう
1992年 92ヨネックス広島
2002年 久光製薬KBCオーガスタ
《シニアツアー》
2010年 皇潤クラシック

 

 



 

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